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二○○五年に人材コンサルタント会社「Tp」が行った調査では、日本人の仕事への意欲は、調査対象の十六カ国中、下から二番目となったが、転職への意欲も低いことがわかった。 会社の外へ出て、よその会社へ移っても仕事に見合った賃金が保障される均等待遇もなく、デンマークのような積極的な手厚い転職支援もない。
失敗すれば、「市場の厳しい判断に耐えられなかったあなたが悪い」という叱責だけしかない社会で、転職を目指すのは、簡単ではないからだ。 企業自体も変調をきたしている。
ガテン系連帯のKTさんは、大手メーカーが派遣切りを始める直前まで派遣社員の大量募集をしていた事実に気づいた。 「いつでも切れる働き手を続いた。
「市場」に何かを訴えても、空しいだけだからだ。 住宅や食べ物など最低限の暮らしに必要なものを確保できない賃金でも、「賃金がもっとほしい」と求めることもできず、「過去最高益」の企業をよそに消費は低迷し、「雇用劣化不況」はみつけたことで、会社の生産見通しに緊張感がなくなった。
人件費の歯止めがなくなって、会社はモラルハザードを起こしている」。 非正社員の安全ネットづくりを素通りさせた働き手の暮らしへの想像力の欠如は、さらに、正社員にも影響を及ぼそうとしている。
雑誌『W』二○○九年二月号には、非正社員とのワークシェアリングのために、強い解雇規制など正社員の「既得権益」をゆるめるべきだとの特集が登場した。 一見、EUで聞いた「正社員と非正社員との壁の低い社会」への道に似ている。
だが、日本のように公的安全ネットの手薄な社会で正社員の解雇規制を今以上ゆるめれば、働き手は、ただ放り出され、長期失業者に落ち込むおそれもある。 妻の多くは、「夫の存在」を前提に、低賃金・不安定状態で放置されてきた非正規雇用だ。

非正社員カップルと同様に、安全ネットなしの家庭をさらに増やすことになりかねない。 働き手の現実を素直に見れば、本当に必要なのは「解雇の自由」ではなく、「働き手が安心して会社の外に出られる安全ネット」だ。
にもかかわらず、「解雇自由のデンマーク!」といった根拠のないはやし文句が、またしても巷を駆け巡る。 だが、今、日本の各地で、こうした状況をなんとか変えようという動きが起き始めている。
大手衣料チェーン「U」の東京都内の店舗で働くAnさん(二十七)は○七年春、「地域限定正社員」になった。 入社は二○○○年。
東京で暮らしてみたくて北海道から上京、池袋で店員募集の張り紙をみつけた。 急拡大期で「猫の手も犬の手も借りたいほどの」人手不足。
時給制のアルバイトとして朝八時から夜十一時まで働く日も少なくなかった。 やがて、日給制で半年契約の準社員に昇進し、店のディスプレーを担当するようになった。
仕事は面白く、安定した賃金や雇用保障があればとも思ったが、正社員になることには二の足を踏んだ。 当時、正社員には全国転勤を繰り返して店長経験を積む幹部候補コースだけしかなかった。
「陣頭指揮よりシブい補佐役があこがれ」だったし、住み慣れた場所を辞令一つで離れることにためらいもあった。 二○○七年春に始まった地域限定正社員制度は、そんな悩みを解決した。

年収は準社員のころより一〜三割上がった。 月給制で、ボーナスや病気休暇の際の賃金保障もある。
「時給や日給だと日数の少ない二月は賃金が減り、家賃などの生活費が心配だった。 いまは安心」。
会社の急成長も一段落し、労働時間はいま朝八時〜夕方五時半だ。 「モーレツじゃなくても正社員」の道だ。
職場でも気持ちに余裕ができ、店全体を見て働けるようになった。 ○七年、同じく準社員から地域限定正社員になった同僚と結婚した。
「二人で働けば、まずまずの賃金になる。 中長期の見通しがきくので生活のプランが立てやすくなり、結婚資金もためられた。
子どもも安心してつくれそう」と笑う。 Uではここ数年、優秀な非正社員が、賃金が下がっても正社員になりたいといって転職する例が増え、引き留め策が必要になった。
制度実施の初年度の○七年は、当時の非正社員数の六割にあたる約二千人が地域限定正社員になった。 思わぬ効果もあった。
○七年は繁忙期の十〜十二月の売り上げが三〜六%上がったが、残業代は逆に○・二%減った。 バイトは急な休みや退職も多く、以前は他の人が残業して穴埋めしていた。
「正社員は安定的に出社するので計画的に人員を配置できるようになり、残業が減った」と、広報担当のAMさんは言う。 疑問もある。

同社は賃金の実数を明らかにしていないが、準社員のころから三割アップとしても、転勤のある社員との差が大きすぎはしないか、低賃金でやめずに働く働き手を調達することに終わりはしないのか、という点だ。 だが、働き手の安定が経営のプラスになり、働き手にとっても生活の質の向上につながるという働き方の模索が始まった点は重視すべきだ。
働き方の向上と言うたびに、むしろ働き手の側から「そんなことをしたら会社がつぶれる」という声が上がるここ数年の異常さから、やっと企業の側から、抜け出そうという兆しが見えてきたことは大きい。 企業が「安定の経済効果」に着目し始めたのだ。
Hy・Kg大学教授は話す。 「企業は、景気に柔軟に対応するため働き手の固定化は避けたいと考える一方、正社員の減らしすぎによる現場力の低下に悩み始めた。
働きぶりや特性がわかっている社内の非正社員を正社員に転換するのは、このジレンマを解決するための苦肉の策だ」。 働き手に手厚い経営が業績の向上に役立つと考える経営者も、実は少なくない。
Gy販売のHT社長は、社内託児所の設置など女性社員が働きやすい職場づくりを進めてきた。 「職場の主力である女性が余裕を持って働けると、顧客への対応が親切になり、顧客が信頼して商品を買ってくれ、売り上げも上がった。
外国人株主が多い企業では、株主総会などで「株主への還元を」という圧力を感じることが増え、従業員の働きやすさにカネをかけにくくなったところもある。 金融危機を機に長い目で見た経営の必要性を再評価する空気が強まってほしいと言う。
管理職からのアプローチもある。 「ミドルマネジャー教育センター」の研究会に集まる大手企業の人事担当管理職たちは○九年二月、「人間尊重の現場主義こそ日本企業の力?世界大不況とパラダイムシフトを勝ち抜く」と題する提言をまとめた。
提言では、会社の現場の機能について、人の育成の場、自己実現とやりがいの場、コミュニケーションの場、変化の兆候を肌身で感じる場、明日を創る芽は現場にある、会社を越えて多様なコラボレーションを可能にする、顧客のために働く、を掲げ、大手五社の取り組みを紹介する。 Ty社のカンバン方式については、「ムダを省くことで喧伝されてきたが、本来はその背後にある従業員同士の結束の強固さ、組織・集団の力、ラインの後工程の人が前工程に怒鳴り込んで議論するような風土に強さの秘密があった」として、人のつながりの再強化への取り組みを評価している。

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